葬儀は生と死を分けるのではなく

生きている限り必ず誰にも死はあることは頭では分かっています。

でもそれを感じるのは知り合いや身内が亡くなった時です。それを間接的なことで感じるしかないのです。その死を目の前にした時に、いつか自分にそれがやってくるのを改めて感じるのですがどのようにしてその時がくるのかは分かりません。そして他の人の死に面して葬儀が行われるときに、命の大切さや、必ず訪れる死があることを思うのです。宗教や信仰は生と死が表裏となっていることに気づかせてくれ、葬儀を行うことはただ単に個人の死ということではなく、社会的や文化的な意味をも持つことになります。

人はその人を知っている多くの人たちの心の中にはずっと生きていくことになります。それは人というのは肉体の死があっても、亡くなった人の全てが無になったり、消えてなくなるものではないのです。その亡くなった人が今まで生きてきた生を無意味にするのではなく、意味のあるものとして葬儀が行われるのです。亡くなった人に対しての儀礼でありその後に行われていく追善供養にとなっていくのです。

宗教的な意味合いだけで葬儀が行われるのではなく、生きている物、亡くなった者との大きな関係があります。生の中に死を見つめて、死の中に生を感じるということは日本の祖先を敬う風土からなってきたものです。その大切な精神性をもった葬儀を行うことをおろそかにしないで子々孫々に受け継いでいくべきものだと思われるのです。

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